Tomoko Inagaki　Project ‘Mirrors’ catalogue
稲垣智子個展　Beautiful san　はざまをひらく　カタログ

まことに君がいなければ春の日も冬かと疑われて　私は花や鳥とたわむれた　君の影と遊ぶ思いで　※

稲垣智子（美術作家）：1975年大阪生まれ。2001年英国ミドルセックス大学美術学部卒。パフォーマンスやインスタレーションなど、様々なメディアを用いた表現活動を行う。国内外での個展やグループ展、メディア祭など精力的に活動。

かつてという副詞をつけなければならないとは思うが、弱々しく傷つきやすい演劇少女が精一杯表現に託したカタログである。こうは言いながらも、このセンテンス自体も微妙に鬱々として具合が悪い。おかっぱ頭の稲垣智子の険しい目元が痛々しく思えるのも気のせいではないのかと妙に心配性になるから不思議である。このひとはあこがれの強いひとかもしれない。カタログは、デザイナーによって稲垣智子の印象に沿って整理されたとものと思われるから、概ね彼女が何者であるかを表現してくれている。カタログは、お嬢様大学の学園祭の一コマといった風情ではあるが、彼女が孤独なひとであるというのがよくわかるのである。ひとりの頑張りやさんの女性の思惑の、かけらではあるが、美しく整理された世界を見せてくれている。
アーティストになることがそんなにいいのだろうか。というより、その道に知らずのうちにたどり着いたというのが正解だろう。あらかじめの条理に従っているのである。難問である。アーティストにもメーキャップアーティストもあれば、ネイルアーティストもある。芸能タレントの可愛娘ちゃんもアーティストと呼ばれるのだから、本来の芸術家と言われる存在ではないらしい。では、本来とは何か。本質にも似ている。もともとから備わっていたもので、後から作為されたものではない行為による結果ではないのか。学ぶべきは目の前にある現実からである。

きれいな男の子らしい男の子をを桜の満開の下で平手打ちの画像がある。「美しい息子」、「美しい太陽」という稲垣智子の説明があるが、その実は明かさない。”Beautiful”という形容でうまくごまかす正直者である。宝塚歌劇を思わせる舞台の上で大見得をきったら願いが叶う展開であるだろう。侭ならぬ人生であるとはわかっていても、なりたい自分は隠せない。なりきりができなきゃ女優にはなれそうにはない。しかし、稲垣智子という女優を見てみたかったと勝手なことを言うのが世間というものである。※
若くして孤独を意識したのだろう。独居老人でもあるまい。一人で二人ごっこはないと思う。その上に食品添加物の心配まで。終戦間もないころの生まれのおいらは近所の婆ばあの駄菓子屋で着色料と添加物のかたまりみたいな駄菓子を食って育ったが、まだ生きてる。大丈夫だよ。
それにしても若い娘は若いというだけで可愛らしいものである。スカートが風でちょこっとなびいたくらいできゃっきゃっと言うんだから手の施しようがない。スカートの奥にはむっちりとしてえくぼでもありそうな肉付きのいい白くてまん丸い尻があるのだろう。当人も持て余し気味の場合もあるやもしれない。菓子を食って男の子とキスをする写真があるが、幼稚な感じはするが、この時点においては、この表現がせいいっぱいなのである。化粧品会社も協賛のようであるから、若い女性向けのメーキャップの広告に似合いそうである。おしゃれなセンスに長けた稲垣智子の一面もみることができる。

＜引用出典＞
展覧会ドラフト2013 Project ‘Mirrors’ カタログ　発行/京都芸術センター

※シェイクスピア詩集＜ソネットとソング＞中西信太郎訳、ソネット第九十八番、英宝社　1973年刊
※アーティスト/芸術家は芸術活動を行い、またそれが社会的にも特に認められた人を指す。アーティスト、アーチスト（英: artist）とも呼ばれる。日本語の「芸術家」と英語の「artist」には、若干の含みの違いがある。
※宝塚歌劇団は、兵庫県宝塚市に本拠地を置く歌劇団。阪急電鉄の一部門であり、阪急阪神東宝グループのエンターテイメント・コミュニケーション事業として運営は阪急電鉄創遊事業本部歌劇事業部が行っている。劇団員は同社の社員扱いとなっている。1914年に初の公演を行って以来、今日も人気を集める未婚の女性だけで構成された歌劇団である。年間公演数約1300回、観客動員数約250万人、歌劇団員総数約400人。現在は花・月・雪・星・宙の5組と、いずれの組にも所属しない専科に分かれている。「宝塚」「ヅカ」などと略して呼ばれることも多い。


2015.8.24.